山下清と仲間たち

心に響く感動の世界 山下清とその仲間たちの作品展

『潮干狩り』(クレパス画)
野田 重博 13歳 昭和13年(1938)作

八幡学園では、開園当初から知的に障害のある子どもたちの能力を引き出すアプローチとして造形活動を重要視してきました。

これまで学園児の作品を展示する展覧会が各所で開催され、美しく、造形的に優れた作品は多くの人々の心に感動を与えてきました。

このページでは、平成15年より30年まで開催された「山下清とその仲間たちの作品展」を紹介します。

平成15年〜和歌山市で開催されたことを皮切りに全国27箇所の美術館やデパートを巡回しました。

山下清をはじめ、八幡学園の仲間たちである石川謙二・沼祐一・野田重博は、それぞれに重い障害を抱えながらも「美」に対するたぐい稀なる「天性」を感じさせる作品を多数残しています。

作品展では、4人の作品100余点と合わせて山下清の放浪日記、習字、学園生活の写真なども説明パネルと共に展示しました。

その表現のうちに込められた、生命の表現力の煌めきをぜひ感じていただければ幸いです。

『どうぶつ』(貼絵)
沼 祐一  15歳 昭和15年(1940)作

八幡学園の歴史と展覧会

八幡学園は、昭和3年(1928)、福祉という言葉もない時代に、全国8番目の知的障害児施設として開園しました。「学園標語」として、踏むな、育てよ、水ゝそげを掲げ

当時、社会に住むことの困難な子供9人を引き取り、家庭的な集団生活を基本に、職員は父母として、兄姉として彼らに接し、一人ひとりの個性と能力にあった作業を見つけ、社会への復帰、自己発現を求めていきました。

昭和9年(1934)、後に貼絵の天才と言われた山下清が入園。

「メリーゴーラウンド」(クレパス画)
石川 謙二 12歳 昭和13年(1938)作

昭和11年(1936)、早稲田大学心理学教室・戸川行男助手(後に名誉教授)は、同教室の学生を連れて特異児童の心理学的特性と、また園児の作品が日常生活の中においてどのように変化していくかを研究するために八幡学園を訪ね、2年後の昭和13年(1938)、その成果を同大学の大隅講堂で「特異児童作品展」として発表、園児たちの作品は一躍、多くの人々の関心を呼びました。日本画壇の重鎮、安井曾太郎からも絶賛を浴びました。

翌、昭和14年(1939)、東京銀座青樹社画廊でも開催し、八幡学園児の作品展は多くの観客を集め、知的障害児への社会的関心はいっそう強くなっていきました。

「江戸川でボート遊び」(クレパス画)
石川 謙二 13歳 昭和14年(1939)作

この作品展以降、60有余年も学園に保存されていた山下清以外の仲間たちの作品を、もう一度紹介しようと「山下清とその仲間たちの作品展」として公開することになりました。

長い眠りにあった仲間たちの作品は、色彩豊かに、私たちの目を楽しませてくれます。

現在も、八幡学園は創設者,久保寺保久の残した学園標語『踏むな 育てよ 水そゝげ』をモットーに、50余名の園児の限りなき成長と、社会復帰を目指して努力しています。

障害があっても、美の本能、造形美術的能力が遺憾なく発揮されている仲間たちの作品は、多くの人の心に感動を与えています。

『おわかれ』(クレパス画) 
石川 謙二  13歳 昭和14年(1939)作

特異な才能を発揮した山下清とその仲間たちの紹介

貼絵の天才 山下 清

大正11年(1922)~昭和46年(1971) 享年49

昭和9年(1934)、12歳の時、千葉県市川市にある知的障害児のための救護施設「八幡学園」に入園。
学園が園児に課した作業のひとつに「ちぎり絵」があり(後に貼絵と呼ばれる)、学園の指導のもと、才能を開花させていきました。
昭和15年(1940)、18歳のとき、突然学園を出奔し、以後15年半に及ぶ放浪生活を送ります。放浪の期間、時たま学園に帰ると、印象に残った所を思い出し、1ヶ月もかけて貼絵にしました。また、卓越した記憶力で放浪の思い出を日記に書きました。
昭和31年(1956)、東京のデパートで作品展を開催。昭和46年(1971)、脳溢血が原因で49歳で他界しました。

クレパス画の異才 石川 謙二

大正15年(1926)~昭和27年(1952) 享年26

昭和12年(1937)、11歳の時、八幡学園に入園。虚弱体質で、入園までは、浅草を中心に浮浪生活を送っていました。
言葉はなく、数概念は皆無の重度知的障害児でした。
入園して2年目(13歳)から、大判画用紙に猛然とクレパスで絵を描き始め、かつて自分の住んでいた浅草の情景を再現していきました。
浅草公園の子であり、街頭の浮浪児であった謙二君の絵は常に人物が描き込まれる人臭い表現。黙々と描きためた点数は山下清を凌ぐほどの量にのぼっています。
クレパス画、水彩画、ちぎり絵など百数十点の作品を残し、昭和27年(1952)、26歳で生涯を終えました。

原始芸術の風格 沼 祐一

大正14年(1925)~昭和18年(1943)  享年18

昭和10年(1935)、10歳の時、八幡学園に入園。
祐一君は、当時の児童虐待防止法によって学園に送られてきました。重度の知的障害で、衣服を裂いたり、ボタンを引きちぎったり、無意味な語を連発したりします。入園当時この祐一君に絵が描けるなどとは誰も想像しませんでした。
その野生ぶりは依然変化しないが、クレヨンや色紙をちぎって絵を描くのです。
彼の絵には原始芸術の風格があり、ある意味では山下清君以上のその何倍かも不可思議であり、奇跡的でもあります。  
祐一君は昭和18年(1943)、18歳でこの世を去りました。

幼くして絵画的能力の持ち主 野田 重博

大正14年(1925)~昭和20年(1945)  享年20

昭和11年(1936)、11歳の時、救護法該当児として入園。
重博君は、謙二君よりも重い障害を受けていながら、競争心が強く、絵画に剣道に並々ならぬ心境を見せ、クレヨン、、クレパス、色紙と何でも使って描きます。作品の多くに写実性を感じ、健康的な印象を与えます。
幼くして絵画的才能を発揮した重博君は、その才能を惜しまれつつ、昭和20年(1945)、20歳で他界しました。

創作工房 アトリエ・オクト

八幡学園では長い歴史の中で、造形活動を重要視してきました。

現在は創作工房 アトリエ・オクト により、子どもたちに造形教室活動を行っています。

造形指導専門の講師による美術創作活動です。

学園のお子さんに週2日、地域のお子さんを対象に週1日活動を行っています。

アーティスト(教室利用児)の作品は、出品した絵画展等で度々入賞入選をしています。

手を動かして作る経験を通じて、子ども達は表現を楽しみながら、それぞれの成長をとげます。

アトリエ・オクトで子どもたちの作った作品

講師のコメントを添えて、ご紹介します。

『自画像』

『自画像』
制作年 2021年
素材 コルクボードにペン、クレヨン、アクリル絵の具

『ライオンの親子』
制作年 2019年
素材 貼り絵

『どうぶつ』
制作年 2021年
素材 木製パネルにペン、アクリル絵の具

『西武新宿線』
制作年 2024年
素材
 油性ペン、クレヨン、アクリル絵の具
第11回いちかわ未来の画家コンクール
優秀賞受賞作品

どちらかというと、紙箱みたいなもので乗り物をシンプルに工作するのが好きだったのは小学校高学年の頃から中学一年生の頃。それもアトリエではとんとやらなくなり、そもそも基本的には積極的に絵を描きたい欲求もあまり湧かないようだ。

たまのたまに来ると電車を描く。未来の画家コンクールで優秀賞を獲得した黄色の電車の絵もいわば嫌々仕方無しといった風情で殴り描きしたもの。逆に、だからこそ件の絵には刺々しいが明るく抜けた色気があり、ここが魅力になっている。

『ゲームの世界』
制作年 2024年
素材 ペン、クレヨン、コルクボード

Yさんの自画像は彼が中学1年生の時からスタートし、それから毎年テーマを変えながら高校2年生の現在までいわばシリーズ化している。

件の絵は高校1年の時描かれたもので、ゲームをしている自分をゲームの世界が囲んでいるが、それらのバーチャルユニバースは彼が実際プレイしているリアルなソフトでは無く、あくまで彼の脳内の空想の産物である。

『キリンとチーター』
制作年 2024年
技法 ミクストメディア

幼少期から“絵を描く”事に若干の苦手意識を抱いていたKさん。“好き”だけど“自信が無い”まま中学生になってこの『キリンとチーター』で中高生対象のけっこう本格的な一般絵画コンクールで佳作賞を獲得した。

その栄光が彼に良い作用をしており、つい先だっても年配の美術愛好家が「どうしても」とKさんが天気をモチーフに描いた絵を購入できないか懇願されるなんてエピソードも出来た程である。

『天気』
制作年 2023年
技法 ミクストメディア

上の《キリンとチーター》と同じKさんの作品。

《キリンとチーター》の説明文にもあるように、彼の興味は天体に眼が向く事が多い。アトリエにも、彼の為に一冊宇宙関連の図鑑を用意した程。そして、それをよくパラパラめくり、気に入ったページを模写したりする。この《天気》という絵は、そんな彼の資質の始まりのような記念碑的作品だ。

『無題』
制作年 2025年
素材 アクリル絵の具、クレヨン

双子であるKさんとSさんの合作。

彼等は、普段はよく粘土をねだる。だが作品展に向けての創作はどうしても平面表現が求められるので、じゃあせめて楽しくできる絵の描き方はなんだろうねという所から2人で出鱈目に自由奔放に色を選び線を引く。なかなか迫力ある仕上がりなるのが頼もしい。

バイソン
『バイソン』
制作年 2025年
素材 アクリル絵の具、クーピー

Nさんの創作の半分は“動物図鑑を眺める”こと。実際にモチーフを決めて創作に取り組むまでは、画材にいっさい触らず図鑑をじっと読み耽る長い時間を要する。

彼に携わる支援員は絵の中の動物があんまり達者に描かれているので「これほんと本人の手によるの?」と半信半疑だが、それもそのはず、まだ拙く未熟な動物の姿に納得出来ないのだ…つまり彼は自分の描いた動物達を指して「こんなんじゃ嫌だ」というアピールをする。身振り手振りで「フォローして欲しい」とこちらに伝える。

考えたのが、実際の図鑑の動物写真を拡大コピーしてカーボン紙を使ってトレースしてもらうという方法。なぞってさえ、きちんと彼の個性が、パーソナリティが浮かび上がるのは持ち前の色彩感覚のおかげだろう。

『サファリ -僕の好きな動物たち- 』
制作年 2024年
技法 切り絵

Rさんが高校生になって程なくしてある日、アトリエにて「せんせー同級生で切り絵をやってる子がいるんだよ、僕もやってみたいな」と申し出があった。「じゃあやってみよう」と安請け合いしたものの、彼、最初は随分苦労していた…

何がかというと、切り絵は全ての図がどこか接してないといけない、繋がってないといけないっていう厄介な創作ポイントがある。なので、下図制作の段階で最初の方はふーふー言って真っ赤な顔で汗を拭き拭きだった。試練を乗り越えた甲斐あって、今や「むしろ切り絵じゃないと上手く絵が描けない」らしい。

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